03-8.フィールドの見つけ方 ー「社会システムとしてのコピー機」ー

  1. 動き続ける空間を読むーエスノグラフィーと状況論ー
  2. 日本の学校教育への違和感ー言語ゲーム論との出会いー
  3. 状況論との遭遇 ー共同研究者 上野直樹氏との出会いー
  4. フィールドワークの視点ー冷蔵倉庫の空間を読むー
  5. フィールドへの溶け込み方ー工場から実験室までー
  6. 分析のプロセスー状況論とは普通の見方ー
  7. 論文にまとめるタイミング ー動いたことは書く!ー
  8. フィールドの見つけ方 ー「社会システムとしてのコピー機」ー
  9. 今後の研究テーマ ーエージェンシーと社会・技術的アレンジメントー
  10. 「ハイブリッド状況論」について ー変化し続ける空間を理解するー

コピー機の修理技術者の調査は充実していました。現在の研究に繋がっていることを、ひしひしと感じます。

ー先生が行かれたフィールドを見ていると、冷蔵倉庫も旋盤の話もコピー機の話も繋がってますよね。『次はこんなフィールドにしよう』みたいなことになってくるんですかね。

川床靖子氏(以下敬称略):フィールドは、そう簡単には見つからないのですよ。やっぱり”つて”が大事だったりします。さっきの冷蔵倉庫も”学生さん”というつてがありましたしね。コピー機の場合は、アメリカのXerox Parkで当時ルーシー・サッチマンやその仲間がコピー機の調査をしていたので、それを見せてもらったりしていたのですが、その縁で、日本のF社に調査させてもらえないだろうか、ということになったんです。

※コピー機の話…コピー機の修理技術者がコピー機の技術革新、および、それに伴う修理技術の変化について語ったディスコース(談話)を分析することによって、新しい技術の導入が彼らのコミュニティにおける人と技術の新旧の配置をどのように再編したのかを探ったもの
ー「空間のエスノグラフィー」第2章 社会現象としての技術より
※ルーシー・サッチマン…(英)認知科学者
著書「プランと状況的行為」において、コピー機と人間とのコミュニケーションを会話分析することを通じて、“ある行為におけるプラン(事前の計画)と周囲の環境は別物ではなく、プラン自体もまたその状況に埋め込まれた相互行為におけるリソース(資源)であること”を明らかにした。

ー受け入れ側に相当な理解がないと難しいですよね。

川床:ええ。F社での調査はそれこそ長かったですけども、いろんな部署と関係しましたね。大きな会社だと、ただ調査をさせてくれという訳にはいかないんですよね。向こうにも多少の利益がないとね。ですから、それまでに行った私たちの研究をプレゼンして、私たちの考え方を知ってもらう努力をしました。そこに至るまでが大変でしたね。会議がもたれたりね。

ー相手としては『何を観察しに来るのだろう?』って感じですもんね。

川床:そうですね。もっと言えば、私たちの調査が自分たちの修理サービス技術への貢献につながるかどうかっていうことですよね。実は、つながらなかったんですが(笑)。上層部の人としてはそういうことがわかってないと、調査に協力するよう現場の人々を説得することができないのでしょうね。調査の許可が下りてからは、実際に修理をするサービスエンジニアに同行して、一日中修理現場を歩きましたよ。

ー昔は道具を広げて直していましたが、今は携帯で電話しながら修理するというように変わってきてますよね。こちらが修理依頼の連絡をしなくても向こうが検知して自動的に修理に来たりとか。

川床:まさに、コピー機は、故障折り込み済みの修理なしには存在し得ない珍しい人工物(アーティファクト)ですよね。上野さんは、このコピー機の状態を「社会システムとしてのコピー機」という言い方で表現したんです。一つのコピー機は単体の人工物というよりは、社会システムなのだということです。つまり、コピー機は修理技術者とそのコミュニティ、及び、修理サービスの装置なしには商品として存立しないものなのだということなのです。「社会システムとしてのコピー機」は、このことを一言で表す見事なキャッチフレーズですよね。これを聞いた時には、レイヴじゃないけど、この人は本当に天才なのじゃないかと思いました。

この時の考察が”「人工物」というのは、単体のものとして捉えるのではなく、「社会・技術的なアレンジメント」と見るべきだ”という現在の考え方に繋がっているのです。”社会システム”という言い方より、”人、モノ、装置のアレンジメント”つまり、「社会・技術的なアレンジメント」と言ったほうが事柄がはっきりしますね。

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