- 動き続ける空間を読むーエスノグラフィーと状況論ー
- 日本の学校教育への違和感ー言語ゲーム論との出会いー
- 状況論との遭遇 ー共同研究者 上野直樹氏との出会いー
- フィールドワークの視点ー冷蔵倉庫の空間を読むー
- フィールドへの溶け込み方ー工場から実験室までー
- 分析のプロセスー状況論とは普通の見方ー
- 論文にまとめるタイミング ー動いたことは書く!ー
- フィールドの見つけ方 ー社会システムとしてのコピー機」ー
- 今後の研究テーマ ーエージェンシーと社会・技術的アレンジメントー
- 「ハイブリッド状況論」について ー変化し続ける空間を理解するー
本当に「何でこんなにもスムーズに仕事が流れていくのか!」と思いますよね。
ーフィールドワークをするときには、どのような見方、あるいは立ち位置で臨まれるのですか? あまり仮説でガチガチになってると凝り固まった見方になってしまったりとかすると思うのですが。最初にお話しいただいた言語ゲーム論も、普通に流してしまうと何の変哲もない授業風景に見えるところに、川床先生が違和感をお持ちになったというのは、どこか客観的に事象を見る視点をお持ちなのではと思ったりしたのですが、そういうことは意識していますか?
川床靖子氏(以下敬称略):意識してないですね。そういうものって、たぶん日々の暮らしの中で自分で作ってきたものなのでしょうね。言葉に表せない何かなんだろうって思うんです。だって『変だな』とか『おもしろいな』というのは、何もあらかじめ身構えて思うわけじゃなくて、自分の日常感覚から起きることですよね。フィールドを見て『おもしろいな』って思うところも人によって違いますし。だから私が面白いと思ったところは、上野さんにとって意外だったりしたのだろうと思うんですよ。だからこそ、おもしろがってくれたのだろうなと思うんですけどね。
ーたとえば西阪先生は、エスノメソドロジーの会話分析みたいなことは、日常生活の中では意識していないとおっしゃっていましたが、川床先生の場合はフィールドに入ったときと普段の生活で何か違ったりするんですか? 観察をしてるときにはスイッチが入ったりしますか?
川床:普段と全く同じですね。
ーたとえば学生さんがフィールドワークをしようとしたときにどういうふうな心構えをするように指導をなさるんですか? なかなか教えにくいですよね。
川床:そうでもないですよ。実際の授業でも学生にフィールドワークを必ずやってもらいますし。
ーたとえば、どんなことをされているんですか?
川床:私は、基本的に、人間は日常生活の中では有能だと思っています。特に、仕事場では人々がとてもうまく仕事を遂行するのを観察してきました。『それでは、どのようなやり方をしているのか?』それは、人、もの、装置の全てをリソース(資源)にして自らのアクションを組み立てているからなのです。
と、まあ、こういう話しを事例を示しながら具体的に授業で2~3回するんです。今の学生さんはほとんど100%アルバイトをしているので、それを利用して自分のアルバイト先で調査してもらうんです。自分がしていることだから一番よくわかるはずだし。それで、自分自身の動きでもいいし、新人さんのでもいいし、逆にベテランさんのでも良い。あるいは、仕事場のベテランさんにインタビューをしたりね。そのインタビューの中から、仕事をする上でどういうリソースを利用しているのかを聞き出すとか。それから、大概の場合、何人か一緒に働いてますよね。だから自分以外の人たちもリソースなんです。それで、他の人たちとのコラボレーションというか、どんなものやことをやり取りしながらうまくコーディネートしているのだろうかとか、いろいろ視点はあるでしょうと。とにかく、仕事がスムースに流れていることの”なぜか”を記述しなさいということで調査してもらうんです。みんな、普段自分がしていることなのでおもしろがってやってくれます。
また、その発表が実に面白いでんすよ。冷蔵倉庫の調査※も元は学生さんの発表がきっかけなんです。「夏休みにうち(金沢)に帰ると、バイトでやらせてもらうんだ」と言って、倉庫での仕事について発表してくれたのです。海産物の冷蔵倉庫だから、パッキングされた荷物がどっと入ってくるわけですが、その荷物の種類によってパレットへの積み方が違うということを一生懸命説明してくれたんです。それがとてもおもしろくて、私としてはもう大いに感心しましてね。
※冷蔵倉庫の調査…冷蔵倉庫における物の流れと仕事の流れを調査したもの。現場で働く人があらゆるリソースから“何を”読み取って、どのような行動をしているのかを明らかにしている。出庫依頼書一つからでも「依頼主の特徴」を考慮し、今後のオーダー予測をし、出庫作業がスムーズに行えるよう、倉庫内での荷の配置までを考える、といったように驚くべき情報処理をしているのが分かる。 ー「学習のエスノグラフィー」 第2部 状況に埋め込まれたリテラシー【空間を‘読む’】より
ー学生さんは『何をそこまで?』って思うかもしれないですけどね(笑)。
川床:それで、『自分自身で(フィールドワークを)やってみたい!』と思って、ぜひ紹介して欲しいと頼みました。その人にちゃんと”A”をあげてね(笑)。そして、訪ねて行ったんです。その学生さんの父親が金沢の漁業組合・市場で仕事をしていたので、最初は、そこもおもしろそうだなということで、そちらを訪ねたんです。その魚市場についても2~3日見せてもらったんですけど、何かピンとくるものがない。そんなことを察知してくれたのか、それともあんまり市場をうろちょろされても困るということだったのか、学生のお父さんが、知り合いの海産物の冷蔵倉庫を紹介してくれたんです。私としては渡りに船というか、本当は学生さんの発表を聞いて冷蔵倉庫を調査したかったので、『チャンス!』と思いました。そして、上野さんに『一緒に冷蔵倉庫に行きませんか』って誘ったら、『行く行く!』っていうことで、共同研究が始まったんです。ネパールの後だったか、同時並行だったか、日本でのフィールドワークの始めが冷蔵倉庫だったと思います。
冷蔵倉庫を調査していた頃、エスノメソドロジーのチャールズ・グッドウィンが日本によく来ていた時期と重なります。西阪さんが研究会を開いて、彼を紹介してくれたんです。チャールズ・グッドウィンに、冷蔵倉庫の話を聞いてもらったら、とても面白がってくれて、それこそ色々な視点をサジェストしてくれたんですよ。それでその調査をすぐに英語の論文にまとめたんですけど、この冷蔵倉庫の話が今までで一番反響がありましたね。この事例では、実に多くのことを学びました。
※チャールズ・グッドウィン…(米)UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)教授
第三者的に見るとまるで混乱極まる仕事場で「何でこんなにもスムーズに”荷”が流れていくのか!」現場はもう大変なんですよ。たとえば、午前1時くらいに観察に行ってみるでしょ。市場が始まるのが3時なんですが、市場が始まった途端にどんどん電話がかかってくるんですよ。『どの荷物をどれだけ』って、みんな出庫の依頼ですよね。冷蔵庫にあるものを市場に出せっていうことで、出庫の依頼が500件くらい入ってくるんです。荷物は零下20℃とか40℃とかの冷蔵庫に入っていますし、大量の荷が何列何段にも積んであるわけでしょ。その中から時間をかけずに注文の荷物を取り出してくるんです。それをどんどんトラックに積んで市場に出して行くんです。そういった一連の作業がどうしてこんなにスムーズに、うまくいくのだろうかということですが、そこには、作業者一人一人の多重の”読み”があるということなんです。
ー事例を読んでいると、一人の人が自分の持ち場だけを見ているのではなく、全体的な視野をもって動いていますよね。
川床:そうですね。それは3交代制で、週ごとに、全員がどの部署の仕事も担当する仕組みが有効に活きてるのですね。たとえば、『自分は、夜中仕事をしたから帰るけど、今日はこういうものが入庫してくるはずだ』ということをみんなが分かっているんですね。そうすると『倉庫の中は、今、こんな所が空間として空いているし、入庫する荷はすぐにスーパーに卸されるものだから、そこに納めれば取り出しやすくて一番良い』という発想になるんです。だから、ちょっとした黒板の入庫情報を見ても、パッとどこに置けば良いかというようなことがイメージできて、それを次の昼番の人に伝えるということをするわけです。これは、各作業者が荷や荷主の性質・倉庫の状態を3交代制の仕事を通して知っているからこそできることですよね。
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