- 動き続ける空間を読むーエスノグラフィーと状況論ー
- 日本の学校教育への違和感ー言語ゲーム論との出会いー
- 状況論との遭遇 ー共同研究者 上野直樹氏との出会いー
- フィールドワークの視点ー冷蔵倉庫の空間を読むー
- フィールドへの溶け込み方ー工場から実験室までー
- 分析のプロセスー状況論とは普通の見方ー
- 論文にまとめるタイミング ー動いたことは書く!ー
- フィールドの見つけ方 ー社会システムとしてのコピー機」ー
- 今後の研究テーマ ーエージェンシーと社会・技術的アレンジメントー
- 「ハイブリッド状況論」について ー変化し続ける空間を理解するー
ごく普通のものの見方が「状況論」じゃないかって思うのです。
ーフィールドワークは何人かで行かれるんですか? それともお一人ですか?
川床靖子氏(以下敬称略):最近はほとんど一人で行きますが、90年代の十数年間はずっと上野さんと一緒でした。上野さんってすごく食べるのが好きな人でね、フィールドの行き帰りに必ずドーナツ屋さんとか食堂とか茶店に寄るんです。そういう場での上野さんとのやり取りが調査を進展させる上で、とても貴重なものでしたね。
ーやっぱり一人の視点より、いろんな人の視点があるほうが良いですよね。さっきの”何が行われているか”ということを見るときに、現場で作業している人の目線を”共感”というか、獲得しようという感じなのか、それとも空間全体を俯瞰して見ようという感じなのか、実際のところどうなのでしょうか。
川床:多分、両方でしょうね。ちょっとした休憩なんかに働いている人をつかまえては、なんだかんだと一生懸命質問をしていますものね(笑)。
ー聴かれている人たちは、どうしてそんなこと聴くのだろうと見当もつかないでしょうけどね(笑)。
川床:そうですね。『何が面白いのかよく通ってくる人だな』って思われていたでしょうね(笑)。
ー実際に現場を見るときには、「状況論」のような理論を前提として見ていたりするのでしょうか。
川床:それは全くないです。だいたい論文を書くときでさえ、”論”についてはほとんど意識してないですね。だから、むしろ、『どうしてこういう質問が出てくるのだろう?』って、逆に、驚いてしまいます。だって、何かを見るときに、誰だって、”論”を背負って見たりはしないでしょう? それから、フィールドで知り得たことを分析する際にも、自分が見ておもしろかったことを、どのような切り口にしたら他の人にも納得できるような形で記述できるか、といったことしか考えていないですね。”状況論であのように言っているから、これは、状況論のこれに当てはまる”なんていうことは全くありません。
ー上野先生と対話をされながら見方が形成されていくときに、そういう”論”が入っていくんですか?
川床:う?ん?! 見方が形成されるっていうより、状況論が示していることは『すごく当たり前のことだな』っていう感じなんです。とっても普通のものの見方・考え方が、状況論じゃないかなって思うんですよね。
ーでも、たとえば現象学も状況論と近いのかもしれないですけど、”私がいて先生がいて”みたいな前提ありきではないじゃないですか。”先に空間の関係性があって、それで初めて場とその人(私と先生)が発生する”みたいな順番っていうのは、言われたら当たり前な気がするんですけど、最初からそういう見方をするっていうのはなかなかないなと思って。
川床:そうですよね。先ほどお話ししたカトマンズの野菜農家は圃場を狭いあぜで細かく仕切って、様々な野菜を少しずつ作るのですが、そのように空間を仕切る方法は市場の要求と繋がっている一方で、家族農業だから人手がない、でも生鮮野菜を腐らせずに出荷するには小人数でまかなえるだけの狭い土地で野菜を作る必要がある、といった状況との関係のなかで編み出されたものなのです。野菜農家の人々は、このように様々な要因との関係で空間を再構成するのですが、さらに、自ら再構成した空間を利用して新たな活動を生み出し、儲けを増やしています。たとえば、狭くて小さな区画に実験的に新しい外来の野菜を栽培し、ホテルなどに高値で卸したりしています。人間というのは、本当に賢い生き物ですね。
ー先生が”見る(観察する)”ときのポイントみたいなものはあるんですか?
川床:始めはないです。見ているうちに、『これはおもしろい!』と思うことが必ず出てきます。そうしたら、それを追っていくというのが、調査のやり方と言えばやり方ですかね。
ー逆に言うと自分が『おもしろい!』と思うものが見つからないとできないですよね。
川床:だからこそ、おもしろいことが見つかりそうなフィールドを選ぶのでしょうね。でも、どこへ行っても、何かしらおもしろいことありますもんね。それを取っ掛かりにしていくということですね。
自分がどのようにフィールドを選んできたのか、を振り返ってみると、さき程の冷蔵庫の話のように学生さんの発表がきっかけだというのは、実は例外ですね。前から冷蔵倉庫を見たいなんて思っていたわけではないので。でも、”流通”にはとても興味があったことは事実です。
ーなぜですか?
セブンイレブンの発展史や、そこで生まれたPOSシステムのことをどこかで読んで、おもしろそうだなと思ったのです。それから葉っぱビジネス※でもそうですけど、作ったものが流れていかないとビジネスにはならない。生産も流通がないと成り立たないんですよね。
だから生産・流通は繋げて見ていかなければならないと考えるようになったのかもしれません。
※葉っぱビジネス…徳島県勝浦郡で行われいる「葉っぱ」という地域資源を「つまもの」としてビジネス化した取り組み。中心となる生産者は高齢者や女性たち。「葉っぱビジネス」の成り立ちからビジネスとして成長するまで、そこにおける生産者の関わり方の変化(PCやタブレットを通じて“市場動向を読む”)などを紹介 ー「空間のエスノグラフィー」第3章 日常実践に埋め込まれたケアより
フィールド選びについて、他には、社会的な動きの中で何かピンとくるような出来事や話題が対象になることもありますね。たとえば精密部品の機械工場の調査などは、すごく唐突な感じを与えますが、その時は『これだ!』って思ったんです。当時1ドル80円時代がくる、そうすると工場はみんな中国に行ってしまい、日本の生産、ものづくりが崩壊しちゃうんじゃないか、といったニュースが流れていました。以前から、私は『日本のものづくりは素晴らしい』と思っていたこともあり、『今こそものづくりの現場に行かなければ!』と思ったんです。そして、どういうわけか、諏訪に行くことになっちゃって。自分でもよく思い出せないのですが、『諏訪だ!』って思い込んだのでしょうね、多分(笑)。
また、ちょうどそういう時に科研費(科学研究費)が取れたりして、『何か(研究を)しなければ』ということもあって(笑)。それで、車で諏訪に行って、いつものように、市役所に飛び込んだのです。『ものづくりの現場をちょっと見たいんですけど』ということで、市役所の産業振興課に案内されました。そこでS精密部品工場を紹介してもらったんです。その他にも幾つか工場を見学したのですが、S精密部品工場が一番入りやすくて親切で。気付いたら3年くらいお邪魔していました。1回あたりの期間はそんなに長くはないんですけど。
ー現場にはどれくらいの頻度で行かれるんですか? 間隔というか。
川床:だいたい春夏秋冬行きます。旋盤についていろいろ教えてくれた工場長さんに『これで一応調査を終わりにします』と言った時にすごいホッとした顔をされて(笑)。『あと5年くらい経ったらまた来なさい』なんて言われましたね。
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