03-5.フィールドへの溶け込み方ー工場から実験室までー

  1. 動き続ける空間を読むーエスノグラフィーと状況論ー
  2. 日本の学校教育への違和感ー言語ゲーム論との出会いー
  3. 状況論との遭遇 ー共同研究者 上野直樹氏との出会いー
  4. フィールドワークの視点ー冷蔵倉庫の空間を読むー
  5. フィールドへの溶け込み方ー工場から実験室までー
  6. 分析のプロセスー状況論とは普通の見方ー
  7. 論文にまとめるタイミング ー動いたことは書く!ー
  8. フィールドの見つけ方 ー社会システムとしてのコピー機」ー
  9. 今後の研究テーマ ーエージェンシーと社会・技術的アレンジメントー
  10. 「ハイブリッド状況論」について ー変化し続ける空間を理解するー

“そこで何が行われているか、何が起きているか”を理解してくると、もうそれで大体調査は終わりかなって感じです。

ー冷蔵倉庫の調査をされた時は、どのようなステップで進められたんですか? まずはインタビューをしてから観察に入るのか、それとも初めに観察から入るのか…?

川床靖子氏(以下敬称略):やっぱりまずは”見る”ってことですかね。そして、そこで働いている人々の仕事ぶりを見て『あぁ、なるほど』って興味を持つことですね。冷蔵倉庫では、一瞬にして鼻毛が凍っちゃうような零下40℃くらいの部屋にも入って、実際にどんな仕事をしているのか観察させてもらいました(笑)。
そんなことをしながら、まずは、とにかく”そこで何が行われているのか”ということを知ろうとします。これは、どの調査でも同じです。

『どういうことをここではしているのだろう』ということを一生懸命知ろうとするんです。冷蔵倉庫もそうでしたが、諏訪の精密部品の加工工場の調査も同じです。そこの旋盤工たちが必死になって1/1000mm以上の加工をしている作業を日がな一日見ていたんです。そこの所長さんがとても良い人で、旋盤の働きを、仕事が終わった後に図を使って懇切丁寧に講義してくれたんです。そんなふうに”旋盤というのがどういう機械なのか”ということについての学習も調査には不可欠ですね。普通の旋盤の他にカム旋盤というのがあるんですが、カム旋盤は普通のCNC旋盤のように文字をプログラムして制作するのとは違って、もちろんプログラムはするんですけど、文字じゃなくて形でプログラムするというものなんです。旋盤の刃先が形に沿って動くんですよね。どういうふうにプログラムされたときに、刃先がどう動くのかが目に見えるんです。だから、それで学習した人たちは無駄なプログラムを作らないっていわれています。

※諏訪の精密部品の加工工場の調査…学習が「どのような実践のコミュニティのどのような社会・技術的配置と編成のあり方のもとでなされるかによって、生成、変化する知識に差異が生ずる」ということを、日本にCNC旋盤が登場した時のある部品工場の対応を例に、知識の生成、変化と実践のコミュニティのあり方と関係について論じたもの。
対象となったS精密部品工場では、「カム旋盤の操作技術や知識があってこそ、効率的なCNC旋盤のプログラムが書ける」として、CNC旋盤導入後も、従来型のカム旋盤を積極的に活用した。
ー「空間のエスノグラフィー」第2章 社会現象としての技術より

メカニズムが分かってプログラムするのと、数字をただいじくってプログラムしちゃうのとでは、たとえば、故障が起きたときなんかに違いが出るんです。数字でプログラムをする人は、とにかく数字だけをいじって機械を正常に戻そうとするので、逆になかなか直せなかったり、あるいは無駄なプログラムになっちゃったりするというようにね。だけど刃物がどういう動きをするのかというのをカム旋盤で熟知している旋盤工は機械の不具合をプログラム上ですぐに補正できるということも徐々に学びました。

ー工場長さんによる講義が行われたのは何回か見に行ってからのことですか?

川床:そうですね。たぶん現場で私たちが、『どうしてこういうことをしているのですか?』といった質問をしたときに、『それはこのことが分かってなければ分からないんだな』ということに工場長さんが気付いてくれて、『じゃあ、旋盤の講義をしますか』という話になったんだったと思います。私たちは、『もう、ぜひお願いします!』って言って(笑)。旋盤の時もそうだったし、大学での植物バイオテクノロジー・ラボでもそうでした。

ー失敗した実験の事例ですね。

川床:そうです。その時も最初はDNAとか、塩基配列とか全然わからなかったんです。毎週、その実験室のミーティングに参加するんですけど、そこで何が問題になっているのかが分からない。それで、そこの大学院生に来てもらって、バイオテクノロジーとかDNAとか、みなさんがやっている実験について講義をしてもらったんです。そういうベースになる知識が入って初めて、『あぁ、こういうことをやってるんだ!』とか、『こんな時にこういう疑問が出てくるんだ!』とか、『あぁ、だから学生ができない時に助手が笑ってるんだ!』ということが分かってくるのですね。
だから、調査のステップとしては、”そこで何が行われているのか”を一生懸命学習することから始めているということになりますかね。

※失敗した実験の事例…大学の植物バイオテクノロジー・ラボでの、ある学生の実験発表におけるやりとりを考察したもの。やりとりを通じて、実験の難しさ、ひいては実験者のスキルが可視化されていく。
ー「学習のエスノグラフィー」第3部 状況に埋め込まれた可視化と表現 可視化して‘見る’より

ー”何が行われているのかを知る”というのは、”人”だけではなく、”空間”についても言えますよね?

川床:そうですね。たとえば実験室で学生さん達がいろんな実験をしているのを見ていると、ピペットに採取したDNA片を遠心分離機にかけるという作業を頻繁に行っている。『何をしているんだろう?』っていうのも最初は分からないし、その後、少し離れた所にあるコンピュータの画面に電気映像みたいなものが映し出されても、何のことだか理解できない。
それから、学生さんたちは、小さなDNA片をピペットに入れて振るんですけど、振りながら、『この振り方が実はとても大切なんです』とか言われても、何のことか分からない(笑)。でも、徐々に(講義を受けたりしているうちに)その意味が分かってくるんですよね。だから、空間配置の意味も含めて”そこで何が行われているのか、起きているのか”が分かってくると、もうだいたい調査は終わりかなっていう感じです。その後はインタビューをしまくるというか。
まぁ、常にインタビューはしていますけどね。

続きを読む


error: Content is protected !!